【vol.3】人宿町やどりぎ座5周年記念公演『劇団渡辺版不思議の国のアリス』

目の前の俳優が人形のような動きを演じている。すると同じように真似て腕を動かす最前列に座った少女たち。その姿は真剣そのもの。周りに座る大人たちは微笑みながら彼女たちを見守る。人宿町にある小劇場「人宿町やどりぎ座」5周年記念公演『劇団渡辺版不思議の国のアリス』の上演中に起こったこの出来事は、演劇が世代を越え受け継がれていく様子をはっきりと表すものでした。

この少女たちの前で演じていた俳優は、この劇場の支配人でもある陰山ひさ枝さん。高校演劇で舞台に立ってから20年を越すベテランです。大学時代の演劇仲間と立ち上げた劇団渡辺の看板女優として、静岡を拠点に多くの演劇作品に出演。と同時にレベルの高い演劇を目指すために劇場運営にも携るようになりました。それは良い舞台環境を整えるだけでなく、人々が交流し後進が育つ「場」をつくることが演劇文化の発展には欠かせないと感じていたからです。

蔭山さん自身が関わった劇場としては3つ目となる「人宿町やどりぎ座」。これまで劇場経営の難しさを実感してきたはずですが、それでも彼女は挑戦し続けています。2018年秋のオープン以来、コロナ過などさまざまな困難に直面してきましたが、一途な思いは多くの舞台人や観客を呼び寄せて現在に至ります。

5周年を記念したこの舞台はふたつの特徴が見てとれます。ひとつは無料公演だということ。これは演劇や劇場に馴染みのない方へ向けたウエルカムのメッセージでしょう。もうひとつは静岡を拠点に活動しているジャンルを超えたさまざまな表現者が出演していること。観客は普段出会うことのない多彩な才能と邂逅することになります。

暮らしが息づくまちの中に劇場があるということ。その豊かさを「人宿町やどりぎ座」は生み出しています。その支配としてまた俳優として劇場の灯りを絶やさない蔭山さんはまさにみんなの「やどり木」なのだと感じます。